安倍元総理の訃報に想うこと 一国民として

令和4年7月8日、安倍元総理が凶弾に倒れた。

選挙中に、元総理で強い影響力を持つ現職議員を殺害するということは、極めて冒涜的な民主主義への挑戦であり、犯行の動機が何であれ、決して許されることではない。
また、憲政史上最長の首相在任期間を保持し、外交安保政策や経済政策に大きな足跡を残し、国内政治にも国際政治にも強い影響力を持つ安倍元総理の死は、日本国にとって大きな損失でもある。
ただ、それ以上に、安倍さんという一人の人物を失ったことそれ自体が、心に重くのしかかっている。


熱烈な支持者というわけではなかった。
政策や政治姿勢については意見が異なる部分もあった。
直接お会いしたこともない。
それにも関わらず、私が深い喪失感を覚えているのは、安倍さんという人物が、明るいキャラクター、強かな抜け目のなさ、不屈のメンタリティを兼ね備えた稀有な政治家だったからかもしれない。

その明るいキャラクターについて一番記憶に残っているのは、野党議員から「メディアが萎縮するのではないか」と問われた時に、「帰りに日刊ゲンダイでも買って読んでください。萎縮するだなんて、メディアの皆さんに対して失礼ですよ」と軽妙に答弁したエピソードである。
野党マスコミからは非常に激しい批判、人格攻撃、罵倒を浴びせられ、時にはムキになって反論することもあったが、決して批判を封じようとはせず、怒りや憎しみにとらわれない明るさを常に持っていた。
その明るさは、特に身内への情の深さという形で現れた。負の側面もあったが、妻への愛情、政権を支える仲間内の結束は紛うことなく本物だった。

一方で、単に人がいいだけでは総理大臣は務まらない。
意表を突く解散、巧みな論点設定など政治的技術を駆使し、6度の大型国政選挙に勝利した。人事では情に流されず、石破氏、谷垣氏、二階氏といった大物を時に使いこなし、時に締め上げて安倍一強の状況に仕立て上げた。こうして積み上げた政治的資源を活用し、政権を保てるギリギリのラインを見極めつつ、特定機密保護法、平和安全法制等の制定に果敢に取り組んだ。

そして何より、病気での第一次政権退陣で失意の底に落とされても決して諦めず、総理に返り咲いた後は、1年務めるだけでも精魂枯れ果てる総理大臣を長年務めるなど、不撓不屈のメンタリティを持っていた。

私は、そんな安倍さんに、きっと、親しみと敬意と畏怖の念を感じていたのだろう。
深い喪失感を覚え、今でも信じ難い気持ちである。



残された私達は、どのように受け止めれば良いのだろうか。

安倍政権に批判的だったリベラル左派の方々は、死を悼む素振りを見せつつも、正義の側に立つ自分達にとって参院選で不利に働くことへの憂慮を隠そうとはしていない。安倍晋三という、絶対的な悪・加害者であるべきはずの存在が、殺害という最悪の形の被害者になってしまったことに、居心地の悪さを感じているようにも見える。少なくとも、これまで、一部の者が批判を超えた人格攻撃や罵倒を繰り返してきたことへの反省は一切なさそうだ。

こうした態度に対し、怒りの声、責任を感じろと詰る声が幾つも上がっている。弔い合戦だ、安倍元総理の遺志を果たすのだ、と闘志に満ち溢れた人もいる。

その気持ちには共感できる部分もあるが、私は、少し立ち止まって考えたい。

安倍さんという人物は、確かに、批判者からの怒りと罵倒と人格攻撃に常に晒されていたが、彼自身は、決して憎悪に囚われなかったのではなかったか。
むしろ、国民のため、未来のためと自らが信じた政策に果敢に取り組んでいったのではないか。

彼がやり残したこと。拉致問題憲法改正、防衛力強化、経済再生と沢山ある。
彼が目標に掲げながら十分達成できなかったこと。少子化対策、地方創生、社会保障改革といっばいある。
彼が失敗したこと。対ロシア外交は成果を上げず、拙劣な官邸主導でコロナ対策は混乱が多かった。森友加計桜の問題については、少なくとも、多くの国民から誠実な対応と受け取られず、政権の推進力を損ねたことだけは、紛うことなき事実だ。

であるならば、残された私達は、怒りや憎悪を誰かにぶつけるより先に、まずは、残された多くの政治課題に対し、主権者として、一国民として、真摯に向き合っていくべきではないだろうか。
それこそが、罵倒や人格攻撃による憎悪の政治を終わらせ、健全な批判と誠実な対話に基づく政治の実現にも繋がるのではないだろうか。



私は明日選挙に行く。

安倍元総理を悼む気持ちもあるが、投票先は事前に考えていたものから変えるつもりはない。

かけがえのない未来のために、日本国にとってより良い政治状況に導けると自分が考えた投票をするつもりである。